中年オヤジと少年2人の絆に心が「温かく」なる映画『菊次郎の夏』

温育カルチャー

〝純粋〟が普遍的なテーマの北野作品

「アウトレイジ」や「その男、凶暴につき」など、過激な暴力シーンが多く、バイオレンスなイメージが強い北野作品ですが、その全てに共通する普遍的なテーマは“純粋”。暴力、恋愛、笑い。それぞれの作品によって強調されるものは違いますが、その全てが純粋に描かれています。特にその中でも「菊次郎の夏」は“純粋さ”が散りばめられた映画だと思います。

同じ心の傷を抱える2人

「夏休み」を一番謳歌するはずの小学校時代。わたしも当時を思い出すと、夏休みはたくさんの思い出を作ることのできる、かけがえのない時間でした。特に小学生の男の子にとっては、プールに虫取り、旅行にキャンプにお化け屋敷……夏休みは明るさや楽しさの象徴だと思います。ですが本作の冒頭、正男の夏休みが始まるとどこか暗く寂しい映像が続きます。太陽の光や空の青さ、真っ白な入道雲などは描かれず、終始映し出されるのはうつむきながらトボトボと寂しそうに歩く正男。菊次郎が最初に映し出されるシーンも同様に、哀愁というか寂しい雰囲気が漂います。どこかささくれて、殺伐としている2人。母親に充分な愛情を注がれたことがなく「普通の家庭」を知らない2人にとって、友達も家族旅行で町からいなくなり、やることがなくなってしまう「夏休み」は苦痛の時間だったのかもしれません。そんな2人が一緒に旅に出るというのだから大変。子供に免疫のない菊次郎と、大人の男に免疫のない正男は、お互いにどうしていいのかわかりません。もちろん旅行に出かけたこともないでしょうし、そこにあるのは2人きりという居心地の悪さと見知らぬ土地へ行くことの不安。2人が歩き始めるシーンは遠くから全体像がわかるように撮影されており、体格や背丈の違いが強調されていますが、それは中年男と少年ではなく、まるで小さな子どもが2人おぼつかない足取りで歩いていく、どこか不安で頼りない印象を抱かせます。

物語の前半はとにかく菊次郎のクズっぷりを余すことなく描かれています。あきれるほどのクズさ加減に、笑いを通り越して「マジかよ……」とドン引きしてしまうほど。菊次郎も正男も子どものようと前述しましたが、最初の菊次郎は子どもというかもはやガキ大将。体は子ども、頭脳は大人……の正反対。大人の格好をした悪ガキです。ですが、その演出は物語中盤以降の菊次郎の微かな変化を際立たせます。物語終盤でむしろ菊次郎を、愛おしく思ってしまうほど。物語前半ではクズっぷり全開だった菊次郎ですが、正男から自分の母親を知らないということを聞くと自分の境遇と重ね「この子も俺と同じか……」と呟きます。そして徐々に正男の気持ちに寄り添うようになり、旅の道中で出会う人々との交流から優しさをもらいながら正男の心を癒していきます。さて、正男はお母さんに無事に会うことはできるのでしょうか?

『正男の夏』ではなく『菊次郎の夏』の理由

本作はなぜ「正男の夏」ではなく「菊次郎の夏」なのか。それは観る人によって様々な考えや意見があるでしょう。わたしは本作の主人公はあくまで菊次郎であり、菊次郎のひと夏の冒険と成長を描いているからこそだと思います。それまでは嘘ばかり並べ、他人をだまし、粗暴なふるまいばかりをしていた自己中心的な菊次郎が、物語の中盤以降は、正男を励ましたり元気づけたりするようになります。初めて他人を思いやるようになった菊次郎。もし正男に家族がいたらやっていたであろう夏休みの遊びを、道中で出会った優しく愉快なおじさんたちを巻き添えにして体験させます。スイカ割りにキャンプ、川泳ぎ、夏祭り……。最初は暗く無表情だった正男の顔も、明るく笑顔が増えていきます。そして物語終盤、旅を終えて東京に戻ってきた菊次郎と正男は、隅田川の橋の上で別れることに。一瞬ためらってから菊次郎は正男をぎこちなく抱き寄せます。これは物語の冒頭、同じく隅田川のほとりで妻にどやされていた菊次郎には絶対できなかった行動でしょう。ひと夏の経験を通し、正男と共にひとまわり成長した菊次郎の姿に心を打たれることと思います。「たくさん遊んで、すこ~し泣いて」。きらきらわくわくときめいていた夏休みの始まりと、夏の終わりの切なさを思い出し、ふとあの頃の夏を探しにいきたくなる作品です。

菊次郎の夏(1999年)

監督:北野武

出演:ビートたけし、関口雄介 ほか

あらすじ

祖母(吉行和子)と浅草で2人暮らしをしている小学校3年生の少年・正男(関口雄介)。父は交通事故で亡くなり、母は遠くで正男のために働いていると祖母から聞かされていた。夏休みに入り、友人たちは皆家族で旅行に出かけてしまい、人形焼き屋を営む祖母は毎日忙しく、独り寂しく過ごしていた。ある日、自宅のタンスから母親の写真を見つけてしまった正男は、いてもたってもいられなくなり、わずかな小遣いを握りしめ、豊橋に住んでいるという母親の元へ向かう。しかしすぐに近所の不良中学生たちにカツアゲされそうになる。そこに助けに現れたのは、祖母の友人でスナックを経営しているおばさん(岸本加世子)とその旦那のチンピラ中年・菊次郎(ビートたけし)。正男から事情を聞いたおばさんは、旦那の菊次郎を同行させることに。旅が始まるかと思いきや、菊次郎は正男を競輪場へ連れて行き、妻から預かった旅費どころか正男のお小遣いもろとも使い果たしてしまう……。こうして親子ほど年の離れた菊次郎と正男、2人の波乱万丈で奇妙な旅が始まった。

(了)

前回はこちら→ 二人の絆に心が温まる感動作 温育ムービー『人生に乾杯!』

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著者名:yukigary
父母の影響で小さい頃から洋画を観まくる。爆発する作品は大体好き。俳優のゲイリー・オールドマンが3度の飯より好き。
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